大西武三

Ⅰ 指導時間の確保

◎忙しい社会の中で

 スポーツ指導は「人を集めて」「指導の時間と場所を確保する」ことから始まるが、その前提となるところが壁となり、指導に支障をきたしていることも多い。その壁の打破が指導者の立場を確立する第1歩となる。

指導者の多くは教員を中心とした社会人である。便利な世の中になってきているが、その半面求められる仕事は多く時間的にも体力的にも余裕がなくなってきているのが現代である。又、時代と共に価値観が変遷しマイホーム的な傾向が濃くなりつつある。今日もNHKニュースを聞いていると「夫婦に関する調査」として次の様な結果を発表していた。「相手に愛情を感じるか」に対して、妻は40%台、夫は60%台で夫の方が断然高く、「離婚を考えたことがあるか」は妻が48%、夫は28%で圧倒的に妻の値が高く、その理由は「家庭を省みない」と言うものであった。これを私の妻に話すと「実際はもっとある」と驚かされたが、外で仕事をする男の家庭における肩身の狭さが思いやられるのである。

◎指導者になったからには

「コーチ10年目は曲がり角」という言葉のごとく10年もすればプロでない限りハンドボール、ハンドボールと言っておられない現実もある。そのような中にあって指導に割ける時間はますます確保が困難になっている。しかし、なんとしても指導者となったからには練習に顔を出す必要がある。ハンドボールをやろうと志した者がいるのである。そのもの達の心のよりどころ・支えとなってハンドボールをやった喜びを与えてやらなくてはならない。上手にし強くしてやるのが指導者の本務かもしれないが指導者の仕事はそれだけではない。側面から援助を差し伸べ自主的に活動に取り組める体制を作ってやることも大きな仕事である。

◎ 指導者の二つの仕事

技術的なハンドボールそのものを教えてやること・・・・・「コーチング」とハンドボールを通して人間を育てること・・・・・・「教育」は指導者としての二つの大きな仕事である。真のスポーツ指導はこの両面にわたって指導できることであり、現場に出なければ成し得ないことである。しかし二つの仕事をバランスよく出来る指導者ばかりではない。指導者の多くの人がハンドボールを経験せずに顧問となり監督となっている現実もある。指導者としては不利なスタートとなるがその不利を乗り越えて全日本NO・1になっている指導者も多くおられることも知ってもらいたい。

◎ ある先輩の時間確保の信念

ある年輩の先生が「クラブ活動の時間になったとき仕事がないということはまずない。何があっても先ずクラブにでて仕事をしなければクラブは絶対に見ることができない。周囲の若いものにも”さあ、いくぞ”と声をかけて出かけていく」というのである。自分の生き方の中でクラブ指導の位置づけが成し得て出来る話であるが、何かを求めてクラブに出て来る者達がいる以上、その何かに応えてやれる指導者としての時間を確保したいものである。

Ⅱ 誰もが勝ちたい

◎ 勝負はスポーツの原点

スポーツは試合があり試合をすれば誰もが勝ちたいと思う。いくら「自分はハンドボールを通して教育が第一目的だから」とは言ってもスポーツは一面勝負事である以上勝ちたいと思わないはずはない。勝負は指導者・選手・環境の相互関係によるものであり、いくらよい指導を行っても勝てないことはある。しかし負けてばかりでは何時しか選手、指導者ともやる気がなくなっていく。恵まれているチームばかりではない。勝つチームもあれば負けるチームもある。夢を捨てずに指導を続ければ必ず勝てると言うのがスポーツである。勝った喜びがさらなる次のエネルギーを呼んでくれる。指導者となったからには勝つ喜び、勝つ方法論に挑戦してもらいたい。

◎ 勝つための方法論

これはやはり地道にハンドボールの指導理論を学んで実践し、数多くの経験を通して獲得して行かなければならないものである。この稿を進めるに当たっても速効的に役立つものから書き進めるべきと思いつつそれが出来ないのは「さあ、やってやるぞ」と言う動機あるいは指導者としての姿勢が出来なければ始まらないと思ってしまうからである。姿勢さえ出来れば指導に役立つ情報は身の回りにいくらでもあると思うのである。 まわりくどいようであるが皆さんとゆっくりと指導法の確立を目指して勉強して行きたいと思います。

Ⅲ 競技力について

競技力とは、そのスポーツにおいて高い成果を発揮できる能力と解することが出来るが、チームスポーツの場合、「チームとしての競技力」と「個人としての競技力」の両面から考えることが出来る。(図1)

4-z1

◎ 個人競技力とチームプレイ

チームスポーツの場合個人の競技力が高いものが集まればチームとして高い競技力を発揮できることが期待できるが、それはチームを構成する個々がチーム独自のゲーム構想のもとに統率されていることが前提になっていなければならない。このゲーム構想のもとでの統率の善し悪しによって、個々の競技力が加算になったり減算になったり、素晴らしい指導者のもとでは積算になったりするものである。これがチームスポーツの面白さであり難しさである。

Ⅳ ゲームの構想

◎ゲームは筋書きのないドラマか?

ゲームは「筋書きのないドラマ」と言われる。両者入り乱れ、知恵と知恵、技術と技術がぶつかり合うゲーム場面では何が起こるかわからない。一方「ゲームは造っていくもの」と言う考えもある。これはこれは自チームと相手チームの戦力分析から筋書き通りゲームを造り進めていこうとするものである。

「筋書きのないドラマ」とは観る側にとってのものであり、それを生み出す側は、あくまで筋書き通りゲームを造って行こうとするものである。

◎ チーム作りとゲーム構想

チーム作りをしていく際、ゲームでどんな戦いぶりをするのかと言う「ゲーム構想」が先ずなければならない。

ゲームを観ているとただいたずらに偶然のプレイをもとにした戦いぶりのチームもあれば、はっきりと意図をもって戦っているチームもある。意図を貫き通しその意図に個性が感じられれば、そのチームには独特のイズムが生まれる。かってのミュンヘンオリンピック時代の日本のチームを評してユーゴの監督が「あの頃の日本チームはイズムがあった。私は日本の速攻を学び取り入れた」と言っていたのを思い出す。

◎世界を制したゲーム構想

現クウェートの監督であり、旧ソ連の監督として輝かしい成績を残したイトウ・チェンコ氏は「ハンドボールは、今後ますますテンポが速くなりバスケットボールに似た方向へ進む」として速攻を攻撃の中心としたテンポのあるハンドボールを目指し世界の頂点を極めた。ソウルオリンピックのシステム的な速攻はその考えを実現したものである。

一方、オリンピック2連勝した韓国女子チームは素早く、切れのよい動きとパスワークで速いテンポとコンビのあるハンドボールを実現し、世界に新風を巻き起こして、形態的に劣るアジア人でも世界の頂点に立てることを実証した。

◎コーチングとゲーム構想

ゲーム構想は、ゲームの進め方によって攻防の戦術はどの様なものを採用するか、選手の使い方はどうするのかなど具体的なイメージを指すものであり、コーチングはその実現に向けての過程と言える。従ってコーチングを始める際には選手側にも目指すべきゲーム構想がよく徹底されていなければならない。

◎日本のゲーム指導の図式

日本の国民性か伝統的なスポーツが個人競技であったせいか、個人技的なものや名人芸的なものに目を向けがちである。それに対してゲーム構想的なものに目を向けるのが不足しているようである。これは日本のスポーツ指導の図式が基本→応用→ゲームと言う型で現され、基本ができれば応用が出来き応用が出来ればゲームは自ずと出来ると言う加算式の考えから来ているものと思われる。しかしゲームは筋書き通りに造りものとして考えれば、ゲーム構想のもとに、戦術→応用→基本と減算式に考えて行くことが一方では必要である。

◎ 独自のゲーム構想の設定

ゲーム構想は選手の能力・個性・指導者の考えによって決まるが10チームあれば10チーム分の個性ある構想が生まれてしかるべきである。しかしなぜか個性的な構想を持ったチームは少ないのである。多くのチームがこの創造的なゲーム構想を練るまえに、成果あるチームや勝ったチームの真似をしてしまうからであろうか。

なにはともあれ、トップ、底辺のチームに関係なく、そのチームの指導者、選手の個性に応じた独自のゲーム構想を持ちたいものである。

◎ ゲームは作品

ゲームはいわば相対する2チームによって創り出される作品である。個性あるゲーム構想や個人のプレイゆえにいろんな作品が生み出される。トップレベルのチームともなれば、その作品は多くの人の鑑賞に耐えるものでなければならない。今年の正月もヨーロッパにハンドボールの試合を見に行った知人がいるが、当地から電話で「先生、本場のハンドボールは本当に面白いですね」いま観てきたばかりのゲームに感嘆を込めて言う。確かにオリンピックや世界選手権をみていると必ず新しい技術や戦術が盛り込まれて来る。それがトップレベルのハンドボールであるかと関心もさせられ、また指導者としてのモチベーションも湧きたたせてくれる。

◎ ハンドボールの普及発展のために

マスメディアの時代にあって、今後ハンドボールが爆発的に普及して行くためには、その一つとしてゲームを如何に魅力的にして多くの観衆を引きつけて行くかがある。毎度、同じ味の作品を見せられても観衆は湧くはずはない。

私も指導者として自戒の念を込めていうのであるが、勝負にこだわる余り、何の変哲もないハンドボールより、技術的にもゲーム構想的にも新しいものに挑戦していくことが、結果的には勝負に近道であり、日本のハンドボールを明るいものにしていくと信じてやって行きたいと思っている。 

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