④ 前半・後半それぞれ1回ずつの,計2回作戦  タイムを取ることができる。
 このルールによって,施行当時は攻撃回数が多 くなりゲームのスピード感が助長されたが,次第 にあわただしいハンドボールを回避しようという 空気が生まれてきた。バックパスも速攻で生きたプレーであるのに,単に後方へパスしただけでも 反則となり,攻撃の面白さがこのルールによってないがしろにされる面もでてきた。フリースロー もポイント近くのゴールエリアに攻撃側は位置で きないため,新しい戦術や技術は生まれなかった。 作戦タイムのみが高校生レベルのゲームでは生かされ,シーソーゲームをものにすることもでてきた。これに関しても,指導者がゲームに割っては いることの長所と短所があるために,すべての大 会に用いられたわけではなかった。レフェリング の煩雑さ,IHFルールと異なることからくる各種 の矛盾点,また,面白いハンドボールに直接結び つかなかったこと,さらに,IHFがこのルールを採用しなかったことなどから,結局2年限りで廃 止となった。

12.新しいハンドボールの登場
  [昭和60年代]

 パワーハンドボールは,一面「荒さのハンドボ ール」につながることもしばしばで,世界的にもこの状況となっていた。従来のルールだけでは, パワーと荒さに走るハンドボールをルールの精神を生かしたハンドボールに向かわせることは困難であり,IHFでもどのようにハンドボールが将来的に残っていくべきかということが真剣に討議された。その結果,技術的なものが優先するクリー ンでスピーディーなハンドボールを目指そうということになった。
 そこで出てきたのが「段階的罰則の適用」であ る。ハンドボール競技はどうあるべきかという見 直しと,この段階的罰則の適用はハンドボールを 新しい方向へと向かわせた。
 荒い防御から解放された攻撃は,その技術を十 分に発揮させる間合いを与えた。その結果,シュ ートやパス,あるいは1:1の突破法も変化とスピードに富むものとなり,技術性豊かなものへと 発展してきている。防御法もフットワークによって防御することが要求され,戦術的には積極的な 防御法が多く用いられるようになってきた。

13.ハンドボールの将来

 ハンドボールが将来的に発展していくために は,ハンドボール競技そのものが魅力に満ちた競 技になっていかなくてはならない。プレーする人にとっても,見る人にとっても価値ある存在でなければならない。技術戦術的にはますます高度になり,また,多彩になるであろう。  ソ連(旧)のイトウチエンコ氏(ナショナル監督) は,「ハンドボールはバスケットのようになるであ ろう」と語っていたが,やはりハンドボールは, ハンドボールとしての独自性を有する素晴らしい競技に指導者の手によって育て上げなければなら ない。

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