チィロヴァ(Cílová=チェコ語)・テルチョヴァ(terčová=スロバキア語)」は、ハゼナに発展したもう1つのゲームです。このゲームは青少年競技の推進者であり、チェコ・ソコル協会の会長を務め、後に中等学校の体操監査官となったヨーゼフ・クレンカ(Josef Klenka)によって1906年に出版された『男子校のための体操競技(Tělocvičné hry pro chlapecké školy)』の中で紹介されました。ルールは、アメリカのバスケットボールとイングランドのサッカーの要素に基づいています。


クレンカによって提案された新たなゲーム、「チィロヴァ・(テルチョヴァ)」は、ピッチの寸法が幅20~30メートル、長さ60~80メートルであることが特徴です(図2)。このゲームでは、ゴールの代わりに、高さ1.5メートル、直径1メートルの木製の輪からなる円形のターゲットが導入されました(図3)。ターゲットには、チェス盤のように白と赤の四角形が描かれた紙が貼り付けられています。通常のゲームでは輪はくっついていませんが、競技時にはボールがターゲットを通過したことを明確に示すために輪がくっつけられます。そして、ゴールが終了するたびに輪は再び接着され、交換される仕組みです。


基本ルールでは、各チームのプレーヤー数は6人に制限されます。プレーヤーはフィールド内を自由に移動できますが、ボールを2秒以上保持することは許されません。また、プレーヤーは1歩しか歩くことができず、ボールを持ってフィールドを移動する際には、当時のドリブルに相当する「honit rukama(ホニツ・ルカマ)=手でボールを追いかける)」ことが許されました。


クレンカは、1907年にプラハで開催された第5回全ソコル大会の観客の前で、プラハの社交スポーツクラブであった「紳士淑女のサークル」によってこのチィロヴァ・(テルチョヴァ)を披露しました。


 

図、2.3 「『ハゼナ(ハンドボール)の歴史』 ザイツ・メトジェイ(Zajíc Metoděj)1948」より


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