20世紀初頭にチェコ共和国で誕生した「ハゼナ」は、主に女性が行うスポーツ球技でした。デンマーク、スウェーデン、ドイツとともに、ハゼナは、現代のハンドボールの基礎を築いた国々の競技の一つと言われています。


この競技はスラブ語圏(ウクライナ、ベラルーシ、ロシア、スロバキア、チェコ、ポーランド、クロアチア、セルビア、ブルガリアなど)で広く普及し、特に両(第一次、二次)大戦の間には旧チェコスロバキアと旧ユーゴスラビアで人気を博しました。ハゼナは現代のハンドボールの先駆けとして、その歴史の一部をなしています。


現在、チェコでは、文字通りハゼナ(Házená)という用語は国際ハンドボール連盟(IHF) が統括するスポーツの7人制ハンドボール(Handball)を意味します。そこで最初に、一見複雑な問題を解きほぐす必要があります。ハゼナとハンドボールは 1つの競技の 2つの名前ではありません。これらは2つの競技の2つの名前であり、近い (「関連している」とも言えます) が、同一ではありません。


世界各国ではデンマーク「Håndbold」及びスウェーデン「handbol」そしてドイツの「handball」で名づけられた球技名をもとにこの「手と球」を意味する母国語で表現している国もあります。チェコスロバキアでは(チェコ語: házená、házeti: 投げる)(スロバキア語:hádzaná、hádzať投げる) に由来するハゼナが、何故、国際ハンドボールへの参加時に呼び名を変更することなく、現在もハゼナの呼び名を使用しているのか、気になるところです。


それは国際ハンドボールが登場する以前、ボヘミアとモラヴィアでは、40年以上にわたり、異なる要素を持ちながらも、多くの点で類似している純粋なチェコのハンドボール競技であるハゼナが根付いていました。この事実に加え、チェコ及びスロバキアのハンドボールの歴史の歩みや、当時の社会状況の変化が影響していると考えられます。


以前はドイツの11人制ハンドボールのみにHandballの用語を使用していた経緯がありました。現在は、競技名の二重性から国際7人制ハンドボールをハゼナ(Házená)として表し、従来のハゼナを「チェコ・ハゼナ(Česká házená)」から「国民ハゼナ(Národní házená)」と改称して区別されました。その後、ハゼナは国際的な舞台での成功に大きな影響を与え、今なおチェコ国内で盛んにプレーされています。


誰がこのゲームを発明したのかはまだ完全には明らかではありませんが、その発案者はハゼナに関わったプラハの3人の教師の一人、ヴァーツラフ・カラス(Václav Karas)であると考えられています。彼は 1905 年にブルノで発行されたチェコのスポーツ雑誌で初めてこのゲームの存在について言及しています。 その後、2人の教師によって競技のルールが改良され、1909 年にハゼナ・クラブ連盟委員会が設立されました。


ボヘミアは、ハンドボール競技の一種としてハゼナが発祥した場所です。それは 1905 年のプラハで、チェコのハゼナはデンマークのハンドボールとは大きく異なっていました。19 世紀末、ボヘミアとモラヴィアでは、ソコル運動協会、労働者体操協会、そして少し後にはオルル体操協会でもスポーツ サークルやクラブが結成されました。しかし、当時の社会では青少年のスポーツ活動に多くの規制が課されていました。学校当局は青少年がスポーツ、特にサッカーをすることを禁止し、違反者には厳しい罰則が科されました。転機となったのは1890年、オーストリア=ハンガリー帝国のウィーン王立教育省が学校に週2時間のスポーツ競技を義務づける法令を出したときでした。その結果、若者たちが運動場に殺到し、プレーグラウンドが急速に整備されました。 そして、これらのゲームを企画した教師たちは、ティーンエイジャー向けのゲームが不足していること気づきました。従来のスポーツ競技は、サッカーとテニスだけでした。 テニスは組織的にも物質的にも難しく、特にサッカーは一般大衆の中での受け入れが難しく、そのプレーも制限されていました。そこで彼らはハゼナなどの新しい競技を発明しようと模索しました。


ボヘミアには、ハゼナという素晴らしい伝統が息づいていました。ここでは、世界に類を見ない独自のハンドボールの概念が育ち、後に「国民ハゼナ(Národní házená)」の創設につながりました。19世紀末、チェコの学校では、体育の授業で2つのグループが即席のゴールを使い、手でボールを投げ合うゲームがありました。これがハゼナの原点となりました。3人の体育教師が関わった複数の異なるゲームから進化したハゼナは、男性にとってのサッカーと同様に、女性にも魅力的な競技となりました。


ハゼナの誕生に繋がるゲームの説明とハゼナにまつわるチェコ及びスロバキアのハンドボールの歴史からその後、幾たびかのルールの変更を加えた現在の国民ハゼナを「『ハゼナ(ハンドボール)の歴史』 ザイツ・メトジェイ(Zajíc Metoděj)1948」と「『チェコスロバキアとチェコにおけるハゼナ(ハンドボール)の歴史』ラディスラフ・カシュパル・ルカーシュ・プルーチャ(Ladislav Kašpar Lukáš Průcha)2004)」より紹介したいと思います。

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