Ⅰ.緒言

2015年の女子世界選手権大会の決勝の映像を見て、ノルウェー№6LOKE Heidi選手(以後LOKE)のポスト(IHF用語ではPivot)シュートを見て(図1)、その技術性の高さと合理性に眼を奪われた。

ゴールエリアライン沿いに位置し、左側にディフェンスがいる状態の時、ディフェンスをブロックしながら右手を伸ばして片手でキャッチし、ボールを持ち替えながら左回転をしながら、非利き手である左手でシュートし、得点したのである(以後LOKE テクニックとする)。

p1

利き手側にディフェンスがいる状態でのシュートは技術的には容易ではないが、ここでは、ディフェンスから防御しづらい位置での右手キャッチと左手シュートがテクニックとして用いられている。

シューターとしてはこの体勢はキャッチとシュートがしやすい。なぜなら右手の方がボールに手のひらが向きやすくより遠くでキャッチでき、シュートはディフェンスにプレッシャーを受けにくい。

ただ片手でのキャッチと非利き手でのシュートという技術性の高さはあるものの、この技術を習得すれば、ポストプレーヤーとして戦術的な広がりを持つことができる。

本研究は、このテクニックを示したノルウェーのLOKE選手のポストにおけるシュートを分析することにより、ポストシュートのあり方、ジュニア育成のモデル化を考察するものである。

Ⅱ.方法

1.研究対象者

ノルウェー女子ナショナルチームは、世界のトップレベルを走り続ける強豪国である。ポストプレーヤー・LOKEはナショナルチーム選手としては2009世界女子選手権大会からの出場で、2017年女子WCまで、世界選手権、オリンピックで中心選手として活躍している。身長173cm,34歳、国際試合177試合、得点668点,ハンガリーのクラブ在籍期間が長い選手である(2017年IHF資料)。
2012,2016両オリンピックでは、6mのゴール数は全ポストプレーヤー中第1位、2015世界選手権大会では第2位であった。

下図は2015WCに出場したポスト(ピボット)プレーヤーの身長と得点を示したものである。

fig2

2.研究対象試合とプレイ

下記試合映像からからポストシュート、及びポストシュートで7mスローと判定されたプレイを映像より抜き出し分析対象とした。

2012ロンドンオリンピック(以後2012OL)8試合35プレイ
 2015世界女子選手権大会(以後2015WC)9試合42プレイ

4.分析項目と方法

fig3

分析対象の映像から下記項目を観察により記録して分析資料とした。

(1)キャッチの方法
  (両手、右手、左手)
(2)シュートに至った状況(図3,4参照)
    1:1(DF右横)、  1:1(DF左横)、
      1:1( (DF背後)(右回り、左回り)
      ノーマーク(右回り、左回り)
 (3)シュートの正否
  (ゴールイン、ノーゴール、7m獲得)fig4

Ⅲ.結果と考察

1.LOKE選手のキャッチとシュートの方法

図2はLOKE選手のキャッチとシュートの方法を2012OLと2015WCとで比較した。キャッチの方法では、2012OLでは片手が30パーセントに満たないのに対して2015WCにおいて60%以上を片手キャッチでシュートに持ち込んでいて2012
OLから2015WCにかけて両手から片手キャッチへとテクニックを変化させている。
 左手のシュートは2015WCでは全ポストシュートの半数近くあり、2012OLの約30パーセントをかなり上回っている。

graph

2015WCでは左回りでのシュートでは左手で打つシュートが60パーセントを超えている。DFが左横、背後にいる場合はより大きな割合を示していて、LOKE選手は左手によるシュートを使いこなしていると言える。2012OLと比較すると、1:1(DF背後)は同等の数値を示しているが、他は大きな差がある。技術の変化は、チーム戦術や個人戦術とも関連があり、その原因を特定することは困難である。2012OLではポストへのバウンド

パスが戦術的に多用されていること、2015WCではスピード化する動きの中でポストプレイが行われたことにもその一因があると考えられる。
 左手のシュート成功率は、2012OL、2015WCそれぞれ81.8%(9/11)、73.7%(14/19)であった。

2.LOKEテックニックについて

表1は、緒言で述べた「LOKEテクニック」が出現した本数である。このテクニックは2012OLでは、1本も出現していないことから、それ以降2015WCにかけて習得されたテクニックであると考えられる。全シュート42本のうち、11本がLOKEテクニックであり、26.2%を占めている。シュート結果もすべて得点と7m獲得に結びついている。実に4本に1本が、高度で合理性のあるLOKEテクニックが使われていたことになる。

Table

Ⅳ.考察

本研究を通して、LOKE選手は、右利きにとって左回りの不利な状況を片手でのキャッチや左手のシュートを使って解決することによって、プレイの幅を広げ、ディフェンスとの対応力を豊かにしている。動きの方向性にとらわれないでシュートしようとすれば、左右を同等に使うことがよりよい方法と考えられるが、すべてのプレーヤーがその要求に応えることは無理である。ただ、6m付近のシュートであれば、非利き手であっても十分に通用することをLOKE選手は示している。

Ⅴ.実践現場への提言

LOKE選手のようなテクニックを短期で習得することは不可能である。将来左右の手を使って、片手キャッチやパス、シュートなどのボール操作をすることが出来るようにするためには、小学生やジュニア期から、非利き手でのスローや片手キャッチなどのボール操作を練習の中に取り入れて、左右バランスよくプレイが出来るように計画的に練習していくことが必要である。

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