—ゲームの組み立て方に着目してー
ハンドボール研究 2011年 第13号
大西武三
キーワード ゲームの組み立て方、戦術、きっかけ、アジア・ヨーロッパ的
ゲームは相対する2チームがトレーニングしてきた技術・戦術を駆使して攻防を繰り返す中で成功を得ようとするものである。時間が経過する中でどのように戦術を繰り出し戦うのか,そのセオリーを一般化することは困難なことであり,研究も進んでいない。
本研究では2004年オリンピック女子決勝デンマーク対韓国をモデルケースとして取り上げてゲームの組み立て方を考察し,日本の進むべき方向を考察する資料を得ようとするものである。
研究対象としてデンマーク(以後DEN)と韓国(以後KOR)を取り上げた。その理由は
1)両チームとも世界のトップレルを保ってきたこと(表1)
2)長年来のライバルであり,ことに2004年のゲームは内容のある好ゲーム(第2延長,PTC)を繰り広げたこと
3)両チームともに成熟期にあったこと
4)アジア的,ヨーロッパ的戦い方の違いがみられること などの状況から,一つのモデルケースとして分析研究し後世に残すゲームの一つとして、十分な対象であると考えられる。
表1 DENとKORのオリンピック、世界選手権大会の成績
NHKで放映されたゲームを録画したものを分析資料とし(第1延長DENの最初の攻撃が放映されていないため不明)以下の項目を調査して考察資料とした。
1)攻撃局面. 2)攻撃の結果. 3)攻撃のきっかけの方法.
4)きっかけの始まる位置(ポジション). 5)きっかけの質.
6)突破の方法. 7)シュート位置. 8)シュート方法.
9)シューター. 10)フェイント方法. 11)攻撃の範囲.
12)センターバックのプレイヤー. 13)ディフェンスシステム.
14)退場等. 15)交代メンバー
DENは個々の形態,個人能力が高く豊富なテクニックをもっているチームである(図1)。
図1 DENとKORの各ポジションでの身長
チーム戦術的な特徴としては,セットオフェンスで,様々なチームによるきっかけを用いディフェンスの対応状況によって変化しながら突破をはかるところに特徴がある。セットディフェンスは,下がりながらの0;6防御に終始している。バラエティとバリエーションのハンドボールといえる。
KORは,形態的には劣勢であるが,スピードある個々の動きと素早い展開を持ち味としている。チーム戦術的な特徴としては,セットオフェンスにおいてポジション攻撃を基本とし,スピードあるプレーヤーの動きを継続する。加えて2人の特定的なコンビによる突破を時折行い,状況を打開しようとするところに特徴がある。
また,セットディフェンスにおいてフリースローライン前にて相手の攻撃導入部にプレッシャーを加え,相手のきっかけを容易に行わせないところに特徴がある。スピードある1対1の攻防と素早い展開のハンドボールと言える。
DEN,KORともに,速攻では3次速攻の得点比率が多くなっている(表2)。
表2 DENとKORの速攻、セット別の得点
説明
○「速攻〜FT〜セット」→速攻を仕掛けたが、途中でフリースローとなりセットに入ったもの
○「速攻〜」→速攻を仕セット掛けたが、セットに入ったもの
○「速攻(リバウンド等)+セット」→速攻でシュートしたが、リバウンド等で再び攻撃権を得てセットに入ったもの
監督を中心とした一般的なゲームコントロール加えて, DENはセットオフェンスにおいて,4人のセンタープレーヤーを攻撃要員として用い,ベンチの意向を伝えてコントロールしていると考えられる(表3)。 また交代によるゲームコントロールも考えられ,ある特定の個人のみ交代させる個人交代,2,3人をグループとして交代させるグループ交代,そしてほぼチーム全員を交代させるチーム交代の三者を使い分けていると考えられる。
表3 DENの4人のセンタープレーヤーが使う「きっかけ」
表3の説明
NO.17のセンタープレーヤーを中心として4人のセンタープレーヤーが出場しているが,それぞれのプレーヤーが主として用いるきっかけが異なっており、各選手に特徴ある攻撃をさせていることがわかる。
注 きっかけのアルファベット;きっかけの方法をアルファベットで表している。アルファベットに「系」が付されたものは、逆方向のきっかけがあることを示し、Gは逆方向を表す記号である。
KORは,セットオフェンスにおいてセンタープレーヤーにゲームコンロールを託し,時としてベテランが指示を出して特定コンビ(2、3人で行う決まり切ったコンビ)を行うことや,プレイに特徴ある選手の交代によって戦術的打開をはかろうとしていると考えられる。
交代に関してはほぼ全試合同じメンバーで戦いながら,特徴ある選手を時折,攻撃に参加させて局面の打開を図ろうとしている。
①きっかけ別に見た成功確率(表4)
表(4)DENのきっかけ別に見た成功確率
表の説明
○応用系:基本的なコンビネーションでなく、基本形を応用しながらきっかけの動きを作るもの
○基本形:一般的に使用される基本的な動きによるきっかけ
○%:成功確率で、7mスローを得たものも攻撃成功として成功率を算出
○NG:ノーゴール、FT;フリースローで攻撃中断
○M;ミスで攻撃終了
・攻撃のきっかけでは、1対1やカットインなど基本的に使用されるきっ かけ(基本系)を5種類(除リバウンド)、そのチーム特有の動きによ るきっかけ(応用系)を12種類用いている。
・ 応用系のきっかけの方法として3,4人が関与して行う方法がとられ,ディフェンス状況によって変化するように柔軟に作られている。(図2,3,4,5)
図2 DENのきっかけJ 図3 DENのきっかけR
図4 DENのきっかけJ 図5 DENのきっかけD
説明
図4、図5のDENのきっかけは、退場者が出たときに使用される。Jは相手が5人の時、Dは自チームが5人の時に使用されるもので、左サイドプレーヤーがバックコートプレーヤーにポストであわせた後、ホームポジションに戻るもので、相手の混乱を誘っていたものである。
・基本的に一つのきっかけを逆ポジションからも出来るようになっている 。(表中Gの表記)
②きっかけを用いる順序
・おなじきっかけを連続しておこなう傾向にある(表5)。このことは ,1つのきっかけで,いくつものノーマークができることや相手ディフンス の対応方法によって,変化して対処できるためである。いわばオープンス キル的なプレイであると考えられる。
表5 DENのきっかけを用いる順序
表5の説明
左の表は前半、右の表は後半の攻撃順序に従って、どのようなきっかけが使われたのかを表している。速攻は省略し、セットオフェンスのみ示している。
前半最初のセットは「A」のきっかけで始まり、その後、いくつかのきっかけを試し、「J」→「G」→「J-G」→「I」→「M」と組み立てていることがわかる。後半勝負所で「R」を使い、連続して得点している。この「R」「R-G」は延
注、結果の項
G=ゴール、CHA=チャージ、LC=ラインクロス、CAT=キャッチミス、CON=コントロールミス、P=パスミス、OV=オーバー、CON=コーナーからのスローイン,TIN=スローイン
③相手ディフェンスシステムと用いるきっかけの種類
・ 相手ディフェンスシステムの変更によって,センターバックを変え,きっ かけを変える方法をとっている。(表6)
表6 DENの相手ディフェンスシステムによるときっかけの用い方
・ポストが常にきっかけに関与しており,攻撃の厚みが確保されている。
①きっかけの種類
・ 攻撃のきっかけは基本系5種類、応用系6種類である。(表7)
・ きっかけの殆どは,バックプレーヤの鋭い動きからのパラレルコンビに よって始まる。
・中央3人のうちの一人がポストプレイヤーと関連しながら鋭いカットイ ン,フェイントをともなった1対1をすることによって, きっかけが始まる 。(図6)
図6 KORの基本的なきっかけ
・ それ以外にポストプレイやクロスプレイを時たま行うことによってきっかけに変化をもたせている。
・ ベテランプレイヤーの指示やベンチの指示で5種類の2人のユニットに よるコンビ(特定コンビ)や2種類のフォーメーションプレイによる崩しがある(図7、8,9)。これらはプレイの方法が固定化されたクローズスキル的なプレイであると考えられる。
・ 特定コンビは,相手の心理的状況を踏まえて,ベテランが指示を出して行っている。
図7 KORのフォーメーション2 図8 KORの特定コンビ
図9 KORの特定コンビ
DENは,攻撃展開に参加する人数がKORに比べて多く(表8),その動きはクロスやスルーを使ってポジッションを移動しながらディフェンスのマークやチェンジミスを誘いながら攻撃している。KORはポストと関連しながらパラレルや,切り返しをつかってポジションを維持しながらディフェンスのズレや突破を狙って攻撃している。
両チームともきっかけはサイドを除く中央から始まっている。
表8 攻撃1回に対して参加するプレーヤー数
表の説明 記号
RB;ライトバック、CB;センターバック、LB;レフトバック、RS;ライトサイド,LS;レフトサイド,P;ポスト
1player;きっかけを行ったプレーヤーで攻撃が終了したもの、2player;きっかけを行ったプレーヤーとそれに合わせた二人のプレーヤーによって攻撃が終了したもの
以下同様
ゲームの組み立てについては,KORはシンプルではあるが個人のスピードある動きの継続による基本的戦術と時折特定コンビを使うゲームの組み立てを行う。一方,DENは多様なチームによるきっかけを主体にした戦術を使うゲーム組み立てしており,KORと好対照である。
両者にあって個人の技術・戦術・体力的裏付けがあって初めて戦術とその組み立てが可能である。形態的に劣勢の日本は,どの方対に進むべきか。チームの戦術的基盤になる個人の技術,戦術,体力的強化はいうまでもないことであるが,その際ゲームの戦術的組み立てを見すえて個人の競技力を強化すべきである。
本研究において,アジアの代表であるKORとヨーロッパの代表であるDENのゲームの組み立て方を分析したが,その両者の長所を日本人の特性に合わせ,日本の独自性を確立する方向にむかうことが,日本の進むべき道であると考える。そのためには,目指すべき方向で個人の競技力の向上をはからなければならない。
ジュニアの頃から多様な技術の習得につとめ,それをスピードあるなかでコントロールするようにしていくこと。1対1の攻防力とともにシュート力,GKの強化につとめること。またゲームコントロール能力やオープンスキル的な判断能力などソフト的な能力の育成も重要であり、そのことが本研究からも示唆された。