うのが不可能であった。

1918年フレデリック・クヌッドセンは,ニールセンのハンドボールを室内でもでき仁士二改良し競技規則を発表した。これが今日行われている7人制 ハンドボールの母体となったのである。

(3) 世界てのハンドボールの変遷

ドイツ,テンマークで成立したハンドボールは,それぞれ独自に発展していく。 特にドイツを中心にドイツ語圏諸国での11人制ハンドボールの広がりはめざましかった。1928年にはIAHF(国際アマチュアハンドボール連盟)が結成され, 1936年ベルリンオリンピックで11人制ハンドボールが正式競技としてとりあげられるなど急速な発展を遂げた。1938年には,2月に7人制,7月に11人制の第1回の世界選手権大会が開かれ,どちらもドイツが優勝した。やかてヨーロ ッパは第二次大戦へと突入して行く。

ドイツ,ポーランドなどではハンドボールも下火となってしまったが,比 較的戦争に災いされなかった北欧諸国では冬季の室内競技として根を下ろし, 着実な発展を遂げていた。第二次大戦が終わると,1946年テンマークで北欧を中心としだ8カ国が集まり, IHF(国際ハンドボール連盟)を創設,戦後のハンドボール界発展の基礎を固めた。

1948年の第2回11人制世界選手権,1954年の第2回7人制世界選手権でスウェーデンが優勝するように,戦後の一時期は完全に北欧圏が優位に立っていた。 1950年代後半になると,11人制ハンドボールは比較的プレーにスピードか なく,プレーヤーも観衆もおもしろくないといった原因で,しだいに衰退していった。北欧圏で7人制への一本化が進み,この現象は当時台頭して来た東欧諸国(ルーマニア,ブルガリア,チェコ,ポーランド,ハンガリーなど) にもおよび,1960年代になると,11人制ハンドボールを行っているのはドイツ,オーストリア,スイスなどの数力国だけとなった。この頃から世界のハンドボールの方向は7人制に統一されるようになった。1972年のミュンヘンオリンピックから,オリンピックの正式種目となり,現在IHF加盟国80数カ 国,競技人口約400万人と着実な発展を遂げている。

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