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ハンドボールの技術の中でも,シュートの技術は特に重要なものである。シュートを成功させる要因には,ボールのスピードをいかに早くするかということがある。ここではシュートする際の腕の動きを,バイオメカニクスの観点から解説してみたい。
以前のヨーロッパ選手のシュート・フォームは,肘を伸ばしたまま肩を中心に腕を大きく振り回すものであった。しかし,最近は腕を直線的に後方へ引き,ボールがほぼ最短距離を移動するものになっている。その結果,以前よりも肘が曲がり,より腕の「しなり」が利用されるようになった。 また,腕が「しなる」ことで,「ムチの効果」と呼ばれる作用が働き,同じ力でもより効率よくボールを投げるようになった。
同じ力でものを動かす場合,ものの重さが軽いほど移動のスピードは速くなる。スローの場合も,肩から先の部分の重さが軽いほど,肩で発生した力が同じでも速くなる。
しかし,肩から先の部分の重さは一定であり,変えることはできない。ところが,スローの動作は肩を中心とした回転運動であり,回転運動の場合には,重さの代わりに慣性モーメントが問題となる。
慣性モーメントとは,回転のしにくさを表すものである。同じ重さの棒でも,長いほうが大きく,まったく同じ棒でも,重心から遠くを持つほど大きくなる。
したがって,スローの動作の場合,肩で発生したトルク(回転を起こす力)が同じでも,肘を曲げたほうが慣性モーメントが小さくなるため,腕の動きは速くなる。
ボールの重さが500g,前腕・上腕の重さが1.1kg・1.8kg,長さ30cmの円柱として計算すると,グラフに見られるように,肘を直角にした状態では水平にした状態の約3分の2の慣性モーメントになり,肩のトルクが同じ場合には約1.5倍の速さになる。
このように,腕をより速く回転させるという意味においては,肘を曲げることは効果的な方法である。
しかし,回転運動の場合,角速度が一定ならば回転の軸から遠くなるほど移動のスピードが速くなるので,ボールのスピードをより速くするためには,肘を曲げたままにしておくと不利である。
したがって,ボールのスピードを上げるためには,初めは肘を曲げて腕の動きを速くし,終わりには肘を伸ばしてボールを回転の軸から遠ざけることでボールのスピードを増してやらなければならない。
そのためには,肘を伸ばすタイミングが非常に重要である。