例えば,速攻の練習で走りのスピードを要求すべきところは,あいまいな形でメニューが消化されないよう指示を徹底し,タイムを競わせたり,ときには積極的に叱咤激励するなどの強烈な指導ぶりも発挿されていた。また,トレーニングの内容に応じて,その間の休息の与え方も完全休息(心拍数120拍/分以下の状態)と不完全休息(心拍数120−140拍/分の状態)を区別して与えており,生理学的側面からトレーニングの管理も行われていた。 

また,シーズンを通した綿密なトレーニング計画の具体例を紹介し,指導者は,ゲームで選手の身体的・精神的コンディションを最善の状態に仕上げるよう,理論に基づいたトレーニング計画を準備する必要性があることを強調していた。

4 Helmut Kosmeht

“自分のハンドボールの体系を体で具現する情熱家”という表現は,コーチを職とするH.コスメールにこそふさわしい。その情熱ぶりは,全日本女子チームに対するコーチングの中に見ることができた。

彼の指導法の特徴は,次のようにまとめられる。

50p○示範の重要性

いくつになっても選手に模範を示すことができるということは,指導者にとって最も望ましいことであろう。コスメール(1944年9月,旧東ドイツ生まれ,当時43歳)は,指導のあらゆるところで,練習の対象となる運動を実際に動いて選手に見せる。ストレッチング,パス練習,そしてシュート練習の時も,まず自ら動くことで指導が始まる。選手はそれを見ることによってイメージを持つことができるわけである。指導の際に,運動のポイントを言葉にすることは非常に重要であるが,体で示すことも忘れてはなるまい。とかく年をとると動くのが億劫になってしまうが,彼が実践しているように,年齢に相応した示範を大切にしたいものである。

○ともにある

コスメールの体には,動くことがすっかりしみついている。動かないではいられない。ミニゲームに際しても選手とともに汗を流す。そして動きながら個々のプレーを観察し,欠点を指摘する。彼は管理者でもなく,常に自ら動くことで選手とともにある。彼の信念と情熱は,誰にでも肌から伝わってくる。指導者の選手に対するかかわり方について考えさせられる。

○豊富な運動経験を生かす 

過去の競技歴は,具体的な運動経験として蓄積されている場合,指導や技術の習得において大変役立つものである。そのことはコスメールの示範と指導内容に窺える。実際,彼の経歴は多彩であり,豊富な運動経験として彼の体に残されている。

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