当時は、国際試合が日本で開催されることは、滅多にないことであった。ヨーロッパから世界第2位のルーマニアチームが来日し、各地で親善試合が繰り広げられた。機関誌2号(1960)には、来日の模様を次のように述べている。

「待望のルーマニア・ハンドポール・チームは六月十五日午後五時十分、香港からの日航便で羽田空港に到着。ヴァシレ・ツードル団長、イオン・クンスト監督兼国際公認審判員、アウリカ・カンペアル副団長、アウレル・ブルガル主将ら二十人の一行はブルーのプレザーコートに身をつつみ、長途の旅疲れも見せず、空港に出迎えた式場隆三郎会長、高島冽理事長ら日本のハンドボール協会役員、関係者と交歓した。午後七時からは東京高輪の光輪閣で行はれたレセプションに臨み、協会心づくしの歓待に応え、このあと神宮外苑のスボーツマンホテルに旅装を解いた。

翌十六日、休む暇なく東京小石川球抜場で全早大と来日第一戦を行い、一九五九年度世界男子十一人制準優勝チームの貰録を示す、好技、妙技を披露した。」

試合の模様など詳しいことは、日本協会機関誌のバックアップ(1960年2,3号)で見ることができる。

ここに掲載する写真は、今から20年以上も前に、どなたかから送られてきた写真である。そのかたの名前を失念してしまい大変申し訳なくまた失礼なことをしてしまいました。資料として、利用して欲しい、あるいは、保管して欲しいとの思いで送付されたものと思います。このような形ですが、将来に残すことにいたします。もし、思い当たる方がおられた場合ご連絡いただきたくよろしくお願いします。

掲載した写真は、全日本体育大学と全芝浦工業大学の試合です。

ルーマニア選抜軍対全日本体育大学(白ユニホーム全日体)、於 小石川グラウンド

試合結果,ルーマニア18-11全日体

ルーマニア選抜軍対全芝浦工業大学(一部が白いユニフォームが全芝浦)、於 小石川グラウンド

試合結果,ルーマニア17-16全芝浦工大

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