研究例3 ハンドボールの戦術に関する事例研究

-戦術の変更が攻撃に及ぼす影響-

平岡秀雄、田村修治、栗山雅倫 *

A Case Study on Tactics of Hand ball By Hideo HIRAOKA, Shuji TAMURA, Masamichi KURIYAMA *

Abstract:

Research into the results of tactical coaching is precious for sports methodology, because it lays the foundations of the study. However, it is difficult to compare or prove scientifically the results of coaching as a head coach instructs all the players in the team in the way he considers optimum in coaching of sports. Therefore there are many cases where the results can't be compared nor proved by a general scientific method such as using a group of control.

This research was aimed to prove the influence of tactical coaching in handball and to establish how to verify it by a comparative method with statistical data.  After a tactical change was given to the team, it made a great change in the success rate and frequency in the attack form and attack area.  As a result, the tactics used in the second match - the operations for this game - changed the contents of attack of handball with increase in the variation, and decreased drastically the points of the opponent team especially made by counter attack.

I hope this research proves a change of tactical results in the second match in comparison with the first match and shows the way to verify the influence of tactical coaching.

<要  約>

戦術指導の成果に関する研究報告は、スポーツ方法学の基礎となるので貴重なものと考える。ところが、指導の成果は、科学的手法を用いて実証することが難しい。なぜなら、スポーツの指導では、チーム内の選手全員に対して、監督が最適と考える方法で指導をする。そのため、コントロール群を置くなど一般的な科学的手法を用いて指導による成果を比較・検証出来ないケースが多い。
本研究は、ハンドボールの試合における戦術が試合結果に及ぼす影響を、統計学的データから比較し検証することにより、事例研究の検証方法を確立出来ないかと考えた。

関東大学女子ハンドボールリーグ戦において、同一の対戦チームに戦術を変更した結果、攻撃導入形態や攻撃場所での攻撃成功率及び攻撃回数に大きな変化を得た。以上の結果から、第2戦目に実施した戦術(この試合の作戦)は、チームの攻撃内容を変化させ、そのバリエーションも増加させたと言える。また、相手チームの速攻による得点が大幅に減少した。

この研究報告が、スポーツ指導における実践研究の「例示」となり、今後多くの事例が報告されることを望むものである。

Ⅰ はじめに

スポーツ方法学の領域で発表される研究は数多くある。その多くはスポーツ指導に関わる基礎的知見を提供する横断的な研究で、時間をかけて指導した成果を分析し報告するものは多くない。マイネル1)は、「方法学とはスポーツのやり方や指導法を学ぶ学問であり、方法とは科学的あるいは実践的領域において、ある目的に到達するための計画的な手順を言う。」と述べている。スポーツ科学辞典2)には「方法は認識獲得のために、あるいは知識、能力、習熟の伝達(授業)のために熟考された、計画的な仕方や道筋と解される。」と記されている。また、松永3)は「スポーツ方法学は、スポーツのやり方や指導法を学ぶ学問である。」と述べている。

以上のことから、スポーツ方法学に関する主たる研究は、一定期間の指導の成果を「目的達成のための計画的手順」として報告されるべきと考える。このとき、指導の手順は合理的で、目的を達成するための近道となるものでなければならない。

指導の成果を検証する場合、一般的にはコントロール群を設けて比較分析する。ところが、競技スポーツではチームや個人に最善と考える方法を指導するので、別の方法で指導した結果と比較し検証することは難しい。もし、チームを分けて、コントロール群を設定して指導したなら、指導者に対する選手の信頼は凋落し、指導者としての役割を維持できなくなる。

医学界では、手術や薬物による治療の成果を「事例報告」として重要視し、研究としても価値あるものとして取り扱っている。スポーツの指導者も、チームや個人の欠点の修正など、現在抱える課題を解決することが重要であり、その成果の報告はスポーツ方法学にとって貴重であると考える。

スポーツ指導に関わる研究でまず始めなければならないことは、「事例研究」として多くの知見を収集することだと考える。指導に関わる多くの知見が集積されて始めて、分類することが可能となり、科学的知見としての基礎を築く事になると考えるからである。

多くの経験を有する良き指導者の理念や指導方法を知ることは、経験不足の指導者にとって大きな指標となるばかりでなく、本来スポーツ方法学で目指す「ある目標を達成するための計画的な手順」を示すことになる。ところが、スポーツ方法学では、「事例報告」を重要な研究成果として取り扱わなかったせいか、「事例」を報告するための手法、研究法があまり提示されていない。

また、ハンドボールのように敵味方が攻防を展開する競技では、ある特定の戦術を繰り返し実施することは難しい。次の試合で採用する戦術が事前に試合相手に分かれば、その戦術に対する準備をされてしまうからである。

そこで本研究は、独自に開発した多用途分析ソフト4)を利用して、2試合の戦術的データを統計処理した。そして、本研究で示した戦術の有効性を検証するとともに、指導者のための「事例研究報告」の例示となるよう試みた。

Ⅱ データの収集方法と分析方法

本研究を進めるにあたり、分析の手順を以下のように設定した。第1戦目の戦術分析を行い、自チーム及び対戦チームの攻撃に関する特徴を明確にした。次に自チームの欠点を改善し、対戦チームの長所を減少させるための戦術を立案し指導した。そして、第2戦目の戦術的な変化を検証した。

1、対象試合

1)大会名:2003年度関東大学ハンドボール春季リーグ戦及び秋季リーグ戦

2)試合期日及び対戦結果

2、データの収集方法

1)分析の観点

本研究で使用した分析ソフトは、時系列以外に3つのカテゴリーで、それぞれ10から15項目の入力が可能であった。攻撃は、攻撃導入段階、突破段階、最終段階(シュートなど)の3つのカテゴリーに分けることが出来るので分析観点としても重要である。このほか、攻撃の地域、発揮された技術なども同様に分析項目として重要である。

第1戦目で敗戦し、試合を印象分析した結果から、対戦チームが自チームの攻撃を十分に把握し対応していると思われた。そこで、攻撃導入形態、攻撃終了場所、攻撃結果を分析観点とした。

(1)攻撃導入形態

戦術を変更することにより、攻撃導入の形態が大きく変化することが考えられた。そこで攻撃導入の形態を分析観点の1つとした。分析項目は以下の通りである。

s2-3-z1

図1 3-3攻撃   図2 ポジションチェンジ 図3 4-2攻撃 図4 3-3~4-2攻撃

攻撃の導入形態は①から⑩に示した通りである。図1は、「①3-3攻撃」を示したものである。2重線で繋いで示したように、バックコートプレーヤー3名とポスト、サイドポジションの3名の位置から「3-3攻撃」と称する。図2は、「②ポジションチェンジ攻撃」を示したものである。

図3は、「③4-2攻撃」で、図4は、「④3-3攻撃から4-2攻撃」を例示している。これは、バックコートプレーヤー3名のうち 1名がゴールエリアライン付近に移動した瞬間を攻撃する場合を意味する。

s2-3-z2

 図5   コート図 

(2)攻撃終了時の場所

戦術を変更することにより攻撃を完了する場所に違いが見られると思われた。そこで、第2番目の分析観点としてシュートやミスなどを行った場所を記録できるようにした。

図5はプレーが終了した場所を示したものである。プレーの場所を規定する方法には、いろいろな方法が考えられる。本研究では、以下のように、バックコートエリア(左45度、センター、右45度)、ゴール前方のポストエリア、サイドエリア(左サイド、右サイド)に分類した。

(3)攻撃結果

攻撃の結果は①得点、②シュートミス、③ボール保持ミス(ターンオーバー)とした。

戦術的指導による攻撃導入形態、攻撃場所、攻撃結果を記録し、比較するためるため、「多用途分析ソフト」を利用した。

s2-3-z3 

図6 基本入力画面 図7 データ入力画面    図8 エクセルデータ画面

図6は「多用途分析ソフト」を起動した際に、分析項目を入力する基本画面である。3つのカテゴリーの項目、ファイル名、チーム名などを入力し、「入力切替えボタン」をクリックすると、図7のデータ入力画面に変わる。カテゴリー順に画面が変わるので、データ項目の入力を忘れることはない。

図8は試合終了時にデータ保存ボタンをクリックした際、図表作成ソフトの「エクセルデータ」として保存されたものである。

1試合につき2種類のエクセルデータが保存される。1つは攻撃導入形態の10項目が縦軸に、攻撃場所の6項目が横軸となる表が、攻撃結果の3項目分表示される。本研究では、第1表に得点した場合の攻撃導入別攻撃場所の出現頻度を、第2表にシュートミスの場合の攻撃導入別攻撃場所の出現頻度、第3表にボール保持ミス時の攻撃導入別攻撃場所の出現頻度を示すように設定した。(図8)

2つ目のデータは、各チームの攻撃導入形態、攻撃終了地域、攻撃成果を、時間系列に従い記録した表である。ボール保持ミス時の逆速攻による攻撃成功率など、詳細なデータ分析を行うときに利用した。

3、データ処理方法

攻撃導入形態別の攻撃結果及び攻撃地域別の攻撃結果を、戦術変更前と戦術変更後で比較した。また、ボール保持ミスに乗じて速攻を行った場合の結果についても比較検討した。そして、戦術の変更が攻撃に及ぼす影響を数値化し比較した。

Ⅲ 結果と考察

多用途分析ソフトを利用して第1戦目を分析した結果、以下のことが分かった。

1、第1戦目の攻撃結果

1)攻撃導入形態別攻撃結果

図9は自チームの攻撃導入形態別攻撃結果で、図10は対戦チームの結果である。自チームの攻撃導入形態はその半数近く(31/65回)が「3;3攻撃から4;2攻撃」への移行の瞬間を攻めるもので、その成功率は2割5分に満たないものであった。また、速攻での得点も2得点(2/9回)と少なかった。

一方、対戦チームは様々な攻撃導入形態を活用し、それぞれの導入形態で得点しているのが分かる。速攻では一次速攻と二次速攻を合わせると12得点(12/26回)となった。

s2-3-z4

図9

s2-3-z5

図10

2)第1戦目の攻撃場所別結果

自チームはサイドエリアでの攻撃が少なく、コート中央(センター、右45度、左45度)からの攻撃が多く、シュートミスやボール保持ミスが多い。(図11)

一方、対戦チームはセンター、右45度からの攻撃が多く、その成功率も高い。これは、自チームのミスに乗じて対戦チームが速攻した際の攻撃回数とその成功率からも理解できる。速攻でボールを持ち込んでシュートに至った場合、攻撃場所はセンターや45度と記録したためと思われる。(図12)

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3)第1戦目のまとめ

第1戦目の自チームの攻撃を観察した印象と統計データを総合的に分析した結果、以下の点が明らかになった。

(1)客観分析結果
(2)印象分析結果
   としているようであった。 

2、戦術変更点

以上に示した印象分析などによる結果を考慮し、第1戦目と異なる戦術練習を行った。 こうした状況では、一般的にサイドエリアからのシュートや得点を多くする工夫をするのが常である。ところが、今回の戦術練習では、以下のコンセプトで攻撃戦術を組み立てた。

1)戦術変更項目
①自チームの長所である、中央攻撃を生かす戦術を継続した。
②ディフェンスのマークが中央に集中しないよう、サイドプレーヤーとポストプレー
ヤーがローリングしてポジションを移動した。
③ローリング後に中央の攻撃を連動させ、相手のマークミスを誘って攻撃した。

2)具体的な内容

近年のハンドボールは、それぞれのプレーヤーが自分の得意なポジションで攻撃する場合が多い。そのため、異なるポジションに移動すると、その場所でのシュート成功率は低くなり、結果的にチームにとってマイナスとなる。しかし、前述したようにサイドプレーヤーがあまりシューターとして機能しない状況では、さほどのマイナス要因とはならないと判断した。

そこで、中央からの攻撃の前に、サイドプレーヤーとポストプレーヤーが、ゴールエリア付近を移動(ローリング)するように指示した。ポストプレーヤーとサイドプレーヤーは攻撃の導入段階でローリングするものの、結果的には自分の得意なポジションで攻撃を出来るよう配慮した。

図13、図14は、第2戦目のために大幅に変更した戦術である、ローリングオフェンスによる移動攻撃の例である。
図中記号:◎…攻撃 △…防御   …プレーヤーの移動   …ボールの移動      ---→シュート
s2-3-z7 s2-3-z8
 
  図13 ローリングOF例1       図14 ローリングOF例2

(1)攻撃例1(図13)の説明 
・攻撃が始まる前に、ポストプレーヤーとサイドプレーヤーが位置を変わる。
・右サイドポジションにいるポストプレーヤー(PP)が、大きく回りこんでパスを受けてレフトバックプレーヤー(LB)にパスする。
・次に、ライトバック(RB)からセンターバック(CB)へとパスをし、左サイドポジションでアウトナンバー(2対1)の状態を作りシュートに至る。 2)攻撃例2(図14)の説明
・攻撃の始めに、左サイドプレーヤー(LW)が右サイドに位置し、右サイドプレーヤー(RW)が中央エリアに、ポストプレーヤー(PP)が左サイドに位置する。
・左サイドプレーヤー(LW)がコート右から走りこみパスをライトバックプレーヤー(RB)へパスする。次にセンターバックプレーヤー(CB)からレフトバックプレーヤー(LB)へとパスをつなぎ、左サイドにいるポストプレーヤー(PP)が回り込む。このとき、レフトウィングプレーヤー(LW)は左サイドポジションに移動し、ポストプレーヤー(PP)とサイドプレーヤー(RW)が自分の得意なポジションに戻る。ここで攻撃の導入段階が終了し、バックコートプレーヤーによる攻撃の展開段階が継続して実施される。以上の手順で、ディフェンスを攪乱し、対戦チームが自チームのバックコートプ レーヤーに対するマークミスを誘うようにした。

3、戦術変更後の攻撃変化

1)攻撃導入形態の変化 

図15は第2戦目の自チームの攻撃導入形態別攻撃回数を示したもので、図16は対戦チームのものである。図15で示したように、戦術を変更したあとの自チームの攻撃導入形態の出現頻度は、第1戦目(図11)に比べ多くの箇所で増加し、それぞれの攻撃形態から得点している。特に、「3-3攻撃から4-2攻撃」の攻撃は減少し、「ポジションチェンジからの攻撃試」が攻撃総数の3割近く(15/55回)に増加した。
一方、対戦チームの攻撃導入形態(図16)は、3-3攻撃と3次速攻が多くなった(19回)半面、1次速攻及び2次速攻での成功が、第1戦目(12/27回)に比べ、第2戦目では大幅に減少(0/2回)した。
s2-3-z9

2)攻撃場所の変化

自チームの攻撃(図17)は、第1戦目(図13)に比べて「左45度 レフトバック」からの攻撃が第1戦目(20/65回)に比べ半減(8/55回)し、得点もゼロとなったが、その他の場所は第1戦目と大きな変化は見られなかった。
対戦チームの攻撃場所(図18)は、両サイドからの攻撃が大幅に減少し、中央からの攻撃(バックコート、ポストエリア)が増加した。しかし、第1戦目(図14)に比べ中央からの得点は減少し、シュートミスが大幅に増加しているのが分かる。
バックコートプレーヤーによる中央攻撃に、ポストプレーヤーとサイドプレーヤーによるポジションチェンジを組み合わせることにより、中央からの得点が増加すると考えていた。しかし、結果的には攻撃場所ごとの得点が第1戦目に比べて均等化した。このポジションチェンジによる攻撃は、相手チームの各プレーヤーが防御するエリアを特定出来ないようにするという観点からも、意味あるものと考える。

3)ボール保持ミスに乗じた速攻

対戦チームのボール保持ミスに乗じて行った、自チームの速攻率及び速攻成功率は、戦術を変更する前と後で大きな変化が見られなかった。しかし図19で示したように、対戦チームの速攻は、第1戦目で自チームの保持ミスに乗じて仕掛けた速攻率が92%(22/24回)で、その成功率は約50%(12/22回)となった。ところが、第2戦目では自チームの保持ミスに乗じて仕掛けた速攻率が40%(8/20回)で、その速攻成功率は50%(4/8回)だった。対戦チームの速攻成功率は、自チームが戦術を変更した後の第2戦目でもそれほど変わらないが、速攻となる割合は大幅に減少した。これは、自チームが対戦チームの行うディフェンスの前でパスミスやキャッチミスをするなど、速攻に結びつきやすい状況でのボール保持ミスを減少させたことによる影響と考えられる。
 s2-3-z10

Ⅳ まとめ

本研究の結果、第2戦目で採用した戦術は、試合内容に大きな変化をもたらすことが明らかとなった。主な変化は以下に示した通りである。

自チームの攻撃導入時の形態は、戦術変更前に比べてポジションチェンジ(ローリング)攻撃が多くなり、結果的に攻撃導入形態別の出現頻度が第1戦目に比べて均等化した。 自チームのボール保持ミスに乗じた対戦相手の速攻が大幅に減少した。 自チームの攻撃場所は、戦術変更前では中央からの攻撃が多かったが、戦術変更後の第2戦目ではサイドエリアやポストエリアからの攻撃も多くなった。

以上の結果は第1戦目と第2戦目の戦術的分析結果を比較したものをまとめたものである。本研究で検証した第2戦目での統計的変化は、指導者にとって期待した変化であり、「指導の成果」又は「戦術変更の変化」として実感できるものである。この様な指導者の指導実践に基づく研究報告が多く集積され分類されれば、確固たる戦術論の確立へと導くことが出来ると考える。

Ⅴ 今後の課題

本研究は、2003年度の関東学生ハンドボール女子1部リーグ戦で実践し、良い成果を得たと実感した攻撃戦術を分析し示したものである。監督、コーチによる指導の成果は、戦術場面だけでなく、トレーニング場面、栄養・心理場面その他多くの場面を対象に研究報告することが可能である。

本研究を例に、あらゆる競技種目で「指導による変化(成果)」が報告されれば、スポーツ方法学の科学的な基礎としての蓄積に大きく貢献できると考える。

Ⅵ 参考・引用文献

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